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妙善寺のご紹介

天台宗中院の末寺である。寛永三年(1624年)、中院の尊能法師によって、尊能法師の父母の菩提寺として建立された。寺名は、父の法名道仙三心、母の法名妙善大姉から、父の法名道仙三心の仙の字を割って道人山と号し、山号を道人山、院号を三心院、寺名を妙善寺としたとされる。
寺院は天明八年(1788年)に焼失し、仮堂となっていたが、昭和五十三年、現代の建築様式により再建された。
創建寺の本尊は薬師如来であったが、現在の本尊は智証大師作とされる不動明王である。本堂中央の厨子の中に安置されており、秘仏であり普段は外に見せない。智証大師は弘仁元年(814年)に生まれ55歳で天台座主になった人で、仏師でもあった。本尊不動明王の脇侍には阿弥陀如来像、観世音菩薩像が安置されている。 本堂は正面の門から階段を登り2階にある。本堂正面中央の一番前には毘沙門天像が祀られている。本来は天部の像を置くべき位置ではないのだが、参拝客などの都合上ここに安置している。
境内には檀家信徒から寄進された慈母観音像と新しく造られたさつまいも地蔵尊が建立されている。また、路地を渡った寺院の通用門前には、元禄六年(1693年)に造られた古い六地蔵尊が並んでいる。江戸時代の昔から人々に信仰されてきた地蔵尊である。また、嘉吉元年(1441年)、契薫大姉逆修年号を有する板碑供養塔があり、本尊に次ぐ当寺第二の寺宝である。
妙善寺は小江戸川越七福神めぐり一番目札所としても知られている。七福神の一番目は毘沙門天(ベイシラマナ)であり、仏教の守護神であり多聞天とも呼ばれる。鎧で身体をつつみ、右手に邪をはらい魔を降す鉾を持ち、左手に福徳を授ける玉塔を持つ。威光と財を授ける神である。
毎年十月十三日には、川越さつまいも地蔵尊のもと、「いも供養」がおこなわれる。川越は江戸時代の頃からさつまいもで有名な土地である。もともと、さつまいもは飢饉の時の食糧難を救うためのものだったが、江戸時代の寛政の頃、江戸の町に焼芋屋が現れ、その焼芋用の芋として川越のいもは発展した。さつまいもは食物繊維が豊富で、現代では健康食としても注目されており、健康を願うひとびとのためと川越のさつまいも文化発展のため「さつまいも地蔵尊」が建立された。建立は平成7年。 この年は、 琉球からサツマイモが伝来して390周年、 青木昆陽が サツマイモを関東にもたらして260周年、戦後50周年に当たり、 それらすべてを記念した年である。「いも供養」の当日はおいもにまつわる話のほか、健康祈願おいもの配布や、奉納芸能もある。
妙善寺は秋の七草寺にもなっていて、秋口には女郎花(おみなえし)の黄色い小花が境内を彩る。女郎花の花言葉は「美人」であり、花言葉にあやかって美しくなりたいと祈願する人や、女郎花を観賞する人達でにぎわう。女郎花の根は漢方で敗醤といい、利尿や解毒に用いる。
寺の北側には、菅原神社や六塚社があり、もともとは尊能法印が寺領に勧請したものだったが、天明の大火の後、神仏分離により現在の社地に移されたと言われる。

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