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宗教法人・天台宗道人山三心院妙善寺

さつまいも地蔵尊

さつまいも地蔵尊影(さつまいもとおみなえし)

健康と美の祈願

さつまいも地蔵尊とおみなえし
1995年の年
琉球にサツマイモが伝来してから390周年
青木昆陽が関東にサツマイモを伝えてから260周年
飢饉を救った先祖たちの徳を讃え
サツマイモを現代人を救う健康食として復興させようという願いのもと
ここ川越の地に世にも珍しいさつまいも地蔵尊が建立されました
妙善寺にて毎年10月13日に盛大な供養をすることとなりました
この尊影を眺めながら
地蔵菩薩の広大無辺なる慈悲の心を念じ
サツマイモを通して今でも伝わっている先祖の遺徳に感謝し
境内に咲き誇る「美人」を花言葉とするおみなえしの精を念じるならば
健康と美容の獲得に大いなる効果を発揮することでしょう
おんかーかーかーびすまえいそわか
(大地の笑い)

川越さつまいもの歴史

1597年、宮古島に初めてさつまいもが伝わる。
1605年、琉球でも福建からサツマイモが伝わり、栽培されるようになる。
1609年以降、薩摩でもサツマイモが栽培されるようになり、以後九州での栽培が盛んになり、西南地方を中心にして全国に普及していく。
さつまいもは、始めは、飢饉や戦争での食糧難を救うための食料として利用された。今でも瀬戸内海の島々には、そのころの先人の徳をしのんで建てられたさつまいも地蔵が残されている。
1735年、青木昆陽が関東にさつまいもの栽培方法を伝えた。その後、川越でも栽培が始まる。
寛政年間(1789~1801年)、江戸の町に焼き芋屋が現れ、その焼き芋用のイモとして「川越いも」が使われる。
天保年間(1830~1844年)、さつまいもと言えば川越というほど川越のさつまいもが有名になる。このころの川越で甘藷先生として有名になったのが、川越生まれのさつまいも研究家、赤沢仁兵衛である。
明治~昭和、交通機関の発達により川越さつまいもは全国にも配送されるようになる。
現在、宅地化によりいも畑は減少した。逆に全国からさつまいもを集め加工して出荷する産業が盛んになる。

川越さつまいも地蔵尊とは

川越のさつまいもには、人々を飢餓から救うための試行錯誤の歴史がありました。そのような先人の遺徳を讃えるとともに、さつまいもが食物繊維を多く含み健康にもよいことから、「サツマイモを食べてガンを防ごう」の願いを込めた現代版の芋地蔵の建立が地元川越のサツマイモ関係者の間で提案されました。そして、川越さつまいも商品振興会によって「川越さつまいも地蔵尊」が1995年に建立され、妙善寺にて供養・お祀りをすることとなったのです。この年は、琉球(沖縄)にサツマイモが伝来してより390周年、甘藷先生、青木昆陽が関東に導入して260周年、更に、戦争50周年にあたる特別な年でありました。
10月13日をサツマイモの日とし、その日には、この川越さつまいも地蔵尊を中心に「いも供養」、「いもの日まつり」を当寺で行います。

さつまいも地蔵尊影(全体)

さつまいも地蔵尊